預言者ハーマンの足跡(中編)

 ハーマンは“七つの相を持つ神”を信仰する司祭によって治められた街で捕らえられたり、ジンの王の御前で討論をして怒りを買ったりと、さまざまな迫害を受けたために、長らく住んでいた“火の国*1”を離れ、北方にある“風の国*2”へと弟子たちを連れて渡っていった。
 “風の国”では湖のほとりに庵を持って、弟子たちと共に慎ましやかな生活をしながら、訪れる者たちに神の教えを諭し、その魂を救っていった。


 しかし、その中にはハーマンを論破し、侮蔑しようとして訪れる者たちもいた。
 あるとき、1人の魔術師がハーマンの庵を訪れた。
 その魔術師はハーマンに自分の魔術の力がいかに強大であるかを話し、“沈黙の大神”に仕えるものならば、さぞかし強大な奇蹟を起こせるだろうと、ハーマンを挑発した。
 ハーマンは微笑みながら天を指差し、大地を指差し、「たとえあなたの力がいくら強大であろうとも、大神の創りし世界の上では些事に過ぎない。あなたの“言葉”が作り出した炎は太陽に敵わず、あなたの“言葉”が吹かせた風も大地を揺るがす事はできない。そもそもその“言葉”さえも、あなたが大神から借りているものに過ぎないのだ」と言った。
 魔術師はハーマンの言葉に激昂し、それほど“沈黙の大神”が偉大であるのならば“言葉”を天使たちに奪われる事も無かっただろうし、もし私がお前を魔術で害しようとしても守ってくれるだろうなと叫び、ハーマンの前に立ち塞がり呪文を唱えようとした。
 驚いて魔術師を止めようとする弟子たちをハーマンは制して、魔術師に語った。
「私をあなたの魔術で殺したとしても、大神の言葉は雨が涸れ野に染み渡るがごとくこの大地に広がっていき、そして私たちの目からは消えたように見えても、残された大地には緑が芽吹き、その流れは大いなる海にたどり着く(このように神の言葉は多くの人々に影響を与え、言葉そのものも失われたり、揺らぐような事は無いのだ)。大神にとって全ては些事に過ぎない……天使らが“言葉”を盗んだことも、あなたが“言葉”の力を扱える事も、ここで私が倒れるかもしれないことも、どれも“沈黙の大神”の世界を歪めて運命を捻じ曲げていくようなことではない。ただ大神は世界を、我々を愛すがゆえに、その思うが侭にさせてくれているのだ」
 ハーマンの言葉と態度に魔術師はしばし沈黙した。そして、ぽつりぽつりとハーマンにいくつかの問いかけを、呟くかのように言った。ハーマンはその問いに、ひとつひとつ、優しく丁寧に答えていった。最後に魔術師はハーマンにこのように問いかけた。
「力に溺れ、“言葉”をみだりに使い、そして預言者たるあなたを害しようとしたこの私をも、大神は許してくれるのでしょうか」
「あなたがその罪に気づき、悔いを私に述べたその時から、あなたは救われうるものとなっている。大神の愛は全てに与えられている……ただ、(受け手側に)その愛を受け入れようとしているかどうかの違いがあるのだ」
 そして魔術師は、ハーマンに跪いて涙し、“沈黙の大神”への帰依を誓った。


 四年の間、ハーマンは弟子たちと共に庵での生活を過ごした。
 しかし、湖畔の平和な村も次第に戦乱に巻き込まれてゆき、その災いから逃げるようにハーマンとその弟子たちは旅に出た。
 その旅の途中にもさまざまな苦難*3に出会うこととなるのだが、ハーマンはその信念と説話と“沈黙の大神”の恩寵*4をもって、切り抜けていった。


 その旅の中で、ハーマンは一つの町にたどり着いた。
 その町はハーマンたちが訪れる少し前に魔獣*5によって滅ぼされていた。弟子たちの中には魔獣がすでに去った後であることに安堵の声を上げるものもいたが、ハーマンはそんな弟子たちを叱った。
「憎しみと哀しみの魔獣によって滅ぼされた街を前にして、我々だけが無事でいることを喜ぶ事ができるであろうか」
 廃墟の中で、ハーマンは1人の少年と出逢った。
 その少年は薄汚れた格好で街の中に呆然と立ち尽くしていた。弟子たちはこの魔獣によって家族と故郷を失ったものだろうと思い保護したのだが、少年はハーマンに出逢うと、なぜこの街は魔獣によって滅ぼされなければならなかったのかと問いかけた。
 ハーマンは大人と接する時と同じように、少年の言葉に対して真剣に答えた。
 問答の最後にハーマンが少年の名を聞き、それに答えると共に、少年は疲れ果てたのか眠り崩れてしまった。弟子が少年を寝床に運ぼうとすると、ハーマンは喜びの声を上げ、弟子にこのように語った。
「ついに私は、大神の真の言葉を伝えるべき同志を得たぞ」
 そしてその少年はハーマンの弟子のひとりとなった。少年の名はリュージヤといった。

*1:荒野と砂漠の大陸。ジンなどの炎の妖精たちと、人間が多く住む。

*2:森に多く囲まれた大陸。古来から人間が多く住み、後に帝國が建国される。

*3:山賊に襲われ、その首領を諭して弟子にしたり、ある国の王の前で将軍と賢者と占い師と討論を行なわされて論破し、その国の臣に怨まれるなど

*4:つまり、幸運

*5:“奈落”からルーンを通して呼び出された魔物。魔術師たちが召喚して使役する事がある。