帝國の建国(前編)

 預言者ハーマンの入滅と同じ頃、“風の国”の南方にある川の下流で、一人の妖精シャウネーラ*1が川上から流されてくる駕籠……その中で静かに眠る人間の赤子を拾い上げた。
 彼女の友達は人間に関わるのは良くないことだと、シャウネーラにその赤子を再び川に流してしまうように勧めたが、彼女はその人間の赤子に愛着がわいたのか、エルフ独特の宿命論によるものか、単なる好奇心か、そのままその子を育ててみようとしてみた。
 しかし彼女は人間の子供をどう育てればよいのか知らなかったので、ちょうどそのころ子供を産んだ狼に乳母を頼み、自身は旅の中で見たさまざまな情景を弓琴にのせて子守唄として歌っていた*2


 それから15年後、立派に育ったその赤子は、シャウネーラの語る世界に興味を持ち、まず海というものを自分の目で見てみようと狼たちを連れて川に沿って下って行った。
 そこで彼は海賊に悩まされる村人に出会った。その頃の“風の国”と“火の国”の海峡には海賊が多く住み、漁師も交易商人も、とても頭を悩ませていた。
 彼は漁師に頼んで、狼たちを連れて船へと潜み、海賊が漁師たちから獲物を奪おうとしたときに逆に襲い掛かって、海賊たちを打ち倒し、手下とした。そして彼は海賊たちに自分をいろいろな国に連れて行ってくれと命じ、それから6年の間“風の国”“火の国”“億千の諸島”を巡りまわった。


 6年の後に故郷へと戻ってきた“ハイイロオオカミ*3”は葡萄の苗を持っていて、これを植えるのにちょうどいい土地は無いか探していた。
 シャウネーラが話す事には、近くにちょうどよさそうな丘があり、そこに移り住もうと思う者も多いが、その丘には多数のトロルが住んでおり、昼は岩の姿になって辺りに転がっているが、夜になると目覚めて近づくものに襲い掛かって喰らってしまうのだということである。
 ハイイロオオカミは昼間にその丘を覗いてみたが、確かに日を避ける為に岩となったトロルたちの姿がごろごろとある。しかし、その土地を気に入ってしまった彼は近くに住む人々に、あの土地を手に入れるために手伝ってくれるように頼んだ。
 しかし人々は昼間は重くて硬い岩となり、夜中は怪力で凶暴になるトロルを相手にすることは出来ない、そんなことを考えるのは愚か者だけだと言って、ハイイロオオカミの言葉に取り合おうとしなかった。
 怒ったハイイロオオカミは狼と海賊を連れて夜中にトロルに襲い掛かったが、トロルの怪力と厚い皮に敵うはずも無く、ほうほうの体で逃げ出そうとしたが、あわやというところで日の出の光を浴びたトロルが岩へと変化して、一命を取り留めた。


 手下の半数を失ったハイイロオオカミはシャウネーラのもとに帰ったが、そこで彼女に「力で敵わぬなら知恵で、ひとりで敵わぬなら助けてくれる人を探しなさい」と諭された。
 そして、彼は旅の中で名を聞いたドワーフに協力を求めようと、北方にある山脈へと脚を伸ばした。そのドワーフは石工として有名で、ハイイロオオカミの話を興味深く聞いていたが、友として協力するにはわしに酒で勝ってみろと飲み比べを持ちかけた。
 ハイイロオオカミも酒には自信があるが、酒豪のドワーフには敵いそうに無い。
 そこでハイイロオオカミはワインの飲み比べをもちかけ、自分は水で薄めたワインを、ドワーフには火の国を旅しているときにジンに貰った焼きワイン*4を飲ませ、ついにはドワーフを酒で潰してみせた。
 事情を知らぬドワーフは負けを認め、ハイイロオオカミに友として協力することを誓った。それに対してハイイロオオカミも、トロルを排除してあの丘に葡萄の苗を植えて、何時の日かワインが醸造できるようになったら、毎年ドワーフに3樽与えようと約束した。


 ハイイロオオカミドワーフはまず最初に海から丘へと繋がる道を作り上げた。
 次に馬で牽いて運ぶ台車を多数作り上げた。
 最後に棒と石をもって、重いトロルを台車にのせて、日暮れが来る前に海岸に運び、崖から海の底へと投げ捨てた。
 その丘にはドワーフが残り*5、トロルが夜になって起き出して仲間がいない事に気づいたなら、「やつなら少し早く起きて日の光を浴びてしまったので、のどが乾いたと言って水を飲みに行ったよ」と言って、単純なトロルたちを騙していた。
 その様子を見た近隣の人々はハイイロオオカミに謝って、協力する代わりにあの丘に住んでもいいかとたずねた。ハイイロオオカミは昔のことは水に流して、共に協力してトロルを追い出し、共に葡萄を植え、共に町を作ろうと約束した。


 その後、近隣の人々の協力を得たハイイロオオカミは6日かけて全てのトロルを丘から運び出し、海の底へと投げ捨てた。
 人の良い(間抜けな)トロルたちが全てに気づいたのは海の底に沈んでから。
 彼らはしょうがないとあきらめて、岩となって水が引く時を待ち続ける事にした。


 そしてその丘にブドウ畑と小さな町が作られた。その後、畑と町は広がっていき、ハイイロオオカミを慕って集まるものもますます多くなっていった。
 ハイイロオオカミはそこで妻を取り、子供を作り、そして、老いて死んでいった。
 死の床で、ハイイロオオカミはシャウネーラに、わたしの母であってくれた様に、子供たちと、住民たちと、この町を温かく見守っていて欲しいと頼んだ。
 シャウネーラはその言葉に肯き、彼の死を送ったあと、この町の妖精となった*6
 そののち、ハイイロオオカミの造り上げた街はその母である妖精の名から“シャウン”と呼ばれるようになったという。
(後編に続く)

*1:風の国”南部を放浪していたエルフで、夢狩りであるという説もある。

*2:その歌は今でも帝都シャウンに伝わっており、母親は子供たちに建国の祖のような立派な人物になるように思いを込めて、歌って聴かせている。

*3:もしくは灰色狼の王。狼を連れて歩く彼のことを、皆はこのように呼び、彼もその名を気に入って自分でもそう称した。

*4:いわゆるブランデー。

*5:トロルは同じ山岳の種族であるドワーフを仲間だと思って喰らわない……というよりも、金属の妖精で筋張っているドワーフは食用に適さないと思っているらしい。

*6:エルフは何らかのもの(例えば大樹や泉など)と命を同調して、その“モノ”の妖精となることができる